大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(行)65号 判決

原告 大杉勝美

被告 内閣総理大臣

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

本件訴状に記載された請求の趣旨並びに原因の要旨は次のとおりである。

一、請求の趣旨

(1)  昭和二十一年十一月三日公布された日本国憲法が無効であることを確認する。

(2)  昭和二十二年法律第三号皇室典範が無効であることを確認する。

(3)  被告は国会を解散し内閣総辞職をせよ。

(4)  被告は大政を天皇に奉還し、明治二十二年二月十一日発布された大日本帝国憲法による国家を復活せよ。

(5)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、請求の原因

(1)  日本国憲法は大日本帝国憲法第七三条と同じ改正規定を設けていないから無効である。

(2)  大日本帝国憲法においては、憲法発布勅語のなかで明治天皇は「将来若此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラバ朕及朕カ継統ノ子孫ハ発議ノ権ヲ執リ之ヲ議会ニ付シ議会ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ」と仰せられ、同憲法第七三条第一項はこれを承けて、憲法改正は勅命をもつて議案を帝国議会の議に付すべきものとし、更に同条第二項は、この場合両議院はおのおのその総員の三分の二以上が出席し、出席議員の三分の二以上が賛成しなければ改正の議決をなし得ないものと定めている。しかるに日本国憲法の改正議案は勅命によることなく連合国軍最高司令官の指令により帝国議会の議に付せられ、しかも両議院のうち貴族院の議員は全員みぎ最高司令官により追放されて憲法改正議会に出席していなかつたから、日本国憲法はその改正手続において明白重大なかしがあり、この点においてすでに無効である。のみならず、その内容も外国軍隊の圧力で英文で制定されたものであるから、この点でも無効である。

(3)  したがつて、被告は一切の官制と法制を日本国憲法公布前の状態に復活する義務を負うものである。

(4)  大日本帝国憲法第七四条第一項は、皇室典範の改正は帝国議会の議を経ることを要しないことを定め、皇室の自治を宣言しているにもかかわらず、我が国の政党議会は米軍の強迫により昭和二十二年法律第三号皇室典範を制定し、皇室の内部に立入つて圧迫と干渉を加えるに至つたものであるから、同法は無効である。

理由

原告は本訴において先ず現行日本国憲法及び皇室典範の無効確認を求めるので、かかる訴が現行法上許されるか否かについて先ず検討する。

行政事件訴訟特例法第一条は、行政庁の違法な処分の取消又は変更に係る訴訟その他公法上の権利関係に関する訴訟については、同法による外、民事訴訟法の定めるところによることを規定している。そして、行政処分の効力を争う訴訟以外の訴訟形態については、同法は何らの規定をも設けていないから、みぎ以外の公法上の権利関係に関する訴訟の形態は民事訴訟法の規定にしたがうべきものであるところ、民事訴訟法上権利関係の確認を求める訴は、原告又は被告の具体的な権利関係の存否の確認を求める場合にのみ許されるものと解されている。ところで、憲法その他の法令の制定又は改正は、立法機関たる国会又は地方議会の議決によつてなされるものであるから、行政事件訴訟特例法にいう行政庁の処分ではない。したがつて、法令の効力は、それが訴訟当事者の具体的権利関係の存否を判断するについての前提となる場合においてのみ、裁判所によつて判断されることがあり得るにすぎないのであつて、現行法上、法令の効力それ自体の存否の確認を求める訴訟形態は認められていないと解するほかない。日本国憲法第八一条は、裁判所は一切の法律命令等が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する旨を規定しているが、かかる法令審査も、みぎのように具体的事件の前提問題としてのみなし得ると解すべきである。

特に注意したいのは、裁判所は憲法の効力を形式的にも実質的にも審査する権限を有しないことである。およそ憲法は国家形態の基本を規定する最高法規であつて、法治国家においては、一国の立法、行政、司法の各法制の根本は憲法によつて定められる。現行日本国憲法が、旧大日本帝国憲法を改正したにとどまるものか、又は国体の変更に伴い実質上新たに制定されたものかの議論は別として、現行日本国憲法のもとにおいては、裁判官はこの憲法及びこの憲法に基く法律にのみ拘束され(第七六条第三項)、この憲法に基いて任命され、裁判所はこの憲法及びこの憲法に基いて制定された裁判所法によつて構成されている。したがつて、現在の裁判所はその行使する司法権の根本を定めた現行憲法のもとにおいてのみ存在し得るのであるから、そのよつて立つ根本規範が無効であることを訴訟上認めることは、自己否定にほかならない。前記日本国憲法第八一条が裁判所に憲法の審査権を認めないのは、けだし当然のことと言わなければならない。原告が、日本国憲法に基いて設置された裁判所に対して日本国憲法の無効確認を訴求するのは、とうてい許されるべきことでない。

次に原告は、被告に対し国会の解散と内閣総辞職を求めるのであるが、みぎはいずれも国の最高行政機関としての内閣の専権事項に属し、三権分立の原則上もとより裁判所がかかる作為を命ずべき限りでない。大政奉還と旧憲法下の法制及び官制の復活を求める訴に至つては、原告が真に裁判所にかかる訴を審理する権限があると信じているとすれば、裁判所に法理上容認し得ざる権限行使を期待するものと言わなくてはならない。

みぎのとおり本件訴はいずれも不適法であり、その欠缺を補正することができない性質のものである(憲法及び皇室典範の無効確認請求は、いずれも原告のいわゆる大政奉還を目的として提起されたものであり、原告自身の具体的権利関係に関して提起されたものでないことは、訴状の記載により明らかである)から、民事訴訟法第二〇二条第一項を適用し、口頭弁論を経ずにこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき同法第八九条を適用した上、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例